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大事なのは街並み。地域の職人と
残していく古民家のある風景。

神戸市北区にある立派な茅葺き屋根の古民家を、事務所として構えるあかい工房。新築だけではなく、より手間のかかる古民家再生事業も行うのはなぜなのでしょうか。今でこそ価値を見出され、憧れる人も増えていますが、改装コストや性能についての不安もつきもの。そんなリアルな部分も含めて、あかい工房代表の赤井さんにお話をうかがいました。

あかい工房では新築だけでなく、古民家再生の実績も多いようですね。

古民家を残していきたいというよりも、一番大事にしたいのは「街並み」なんです。北区であったら北区の、農村地帯であったら農村地帯の街並み。田んぼがあり畑があり山があり、そこに古くからの家があり、農舎、牛舎、鶏舎がある。そんな「懐かしい」と言えるような風景の中に、果たして新築が似合うのか。新築をするとしても、街並みに合う家を建てたいと思っています。それよりも、古い建物も十分活かせるので、「古い=汚い」ということではなく、それを活用していってはどうかという想いから始めました。古民家暮らしに追い風が吹く時代の流れもあり、需要に乗ってきたということもあって、現在は新築と古民家再生の両方を手掛けています。

有限会社あかい工房代表 赤井一隆さん

神戸市北区には茅葺き屋根の建物がたくさん残っていますよね。あかい工房の事務所はいつの時代に建てられたものですか?

たしかに北区は茅葺き民家が多いのですが、うちの事務所のように鉄板で覆っていないものはもう100軒を切っていて、非常に少なくなっています。この建物は江戸末期に建てられたもので、私はここに中学生の頃まで住んでいました。そこから住んでいない期間が20年以上あったのですが、事務所として活用するため10年ほど前に改装しました。

解体という選択肢は全くなかったのでしょうか?

いえいえ、以前は潰すことしか考えていなかったです(笑)10代、20代の頃はこういう古い建物が嫌いだったんですよね。再生に至った大きなきっかけといえば、自分よりも若い茅葺き職人さんが育っていると知ったことでした。直したのは私が40歳の時で、60〜65歳の時にもう一度メンテナンスをしないといけない。その時に彼ら若い職人さんがいるというのは、改修を決断した一番の要因になりましたね。神戸市の場合、古民家改修に補助金が出る場合もあるので、それも大きかったです。

あかい工房の茅葺事務所内部

茅葺き職人さん以外にも、古民家を扱える職人さんは育っているのでしょうか?

私が小さい頃の記憶には、茅葺き職人さんが屋根に登っている風景がなんとなく残っています。それが今また、30代、40代の若い職人が集まって直している風景を、この辺りでもよく見かけるようになりました。あかい工房について言えば、物件ごとに職人チームを作っているので、異なる専門性の職人が助け合いながら1つのものを作り上げるという仕組みができています。40代、50代を中心に編成していて、若い職人も育ってきているなと感じます。取扱説明書のないような、昔ながらの構法や材料で建てられた建物も扱えるところが、うちの強みかなと思います。

古民家と言うと性能や快適さに不安のある方が多いかと思います。実際の居心地はどうでしょうか?

どうしても、夏は暑くて冬は寒いです。でも北区は、春・夏・秋は窓を開けて自然の空気を入れるだけで気持ちがいい。だから、冬の寒さ対策が一番大事になってきます。例えば、うちの事務所ではペレットストーブを使用しているし、「淡河宿本陣跡」のように薪ストーブを導入して寒さ対策をしているところもあります。古民家に住まわれる場合は、断熱もしっかり施すことが必要ですね。全部屋は難しくても、主要な部屋だけしっかり断熱して、暖房するというのがいいと思います。やはり火の側には人が集まるし、ペットも集まる。寒いけど逆に、「人が集うような場所ができるのでいいわ」と仰る方もいます。みなさん自然を取り込みながら、「寒い時は寒い、暑い時は暑い」と割り切って生活されている印象です。

あかい工房が修繕を手掛けた神戸市北区「淡河宿本陣跡」。自然を取り込む昔ながらの縁側。

建物の状態によっては改修コストがかさむ印象です。

はい、手間もかかれば、やはりお金もかかってしまいます。下手すると新築と同じくらい。そこにどのような価値を見出せるかということが重要になってくるかと思います。もちろん予算を聞きながら見積もりをしますが、ドンピシャに収まることはまずないです。予算オーバーしたところは、うまく補助金を使われたり、DIYをされたりしてやりくりされる方が多いですね。例えば、屋根の葺き替えや基礎のジャッキアップ、間取り変更、設備などのハードな部分については工務店の仕事かと思います。一方で、土壁の左官や壁塗り、床張りなどは施主さんご自身でもできなくはない。そういった、DIYで「できるところ」「できないところ」を項目分けしたり、素材のグレードを選べるようにしたりと、見積もりの出し方を工夫するように心掛けています。実際、「自分たちでやれるところはやります。大枠の修繕だけやってください」といった依頼も多いです。その辺りはオーナーの想いに応えたいという気持ちで臨機応変にやらせてもらっています。

神戸市北区の古民家改修。施主さんがDIYで床張りや左官をしている様子。

手間も費用もかかる。それでも古民家再生を望まれる方も多いのでしょうか。

残念なことに、年々潰されている物件も多いです。いい建物なのにもったいないなという物件も数々見てきました。でもやっぱり、古い建物は造りがいいんですよね。ただ単に、いいものを残したい。それが使命なのかなと思っています。「古民家を使い続けよう」と押し付けてはいけないけれど、それでもなんとか再生したいという方がいるなら、どんどん応援していきたいと思っています。

神戸市北区の農村に佇む古民家。

今から何十年と続く家を建てるのか、はたまたこれまで何十年と続いた家に暮らすのか。どちらの場合であっても、建物単体ではなく、街並みや、職人のいる風景を残していきたいという熱い思いを感じました。赤井さん、貴重なお話をありがとうございました。

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